この題、何となく昔の言葉を彷彿とさせる。
しかし、今この歳になると、大切なキーワードのような気がする。
実家の整理をしていたら、父親の様々な記録が出てきた。兵役にとられた頃の息づかいが感じられるものや、大切にしていた趣味の品々。
しかし一番驚いたのは、農学校時代の実習で描いた細密なスケッチだ。几帳面であった父の青春時代を彷彿とさせた。父は真面目で、いつまでも恩師を慕い、同窓会を開いていた。たった1人の長兄を昭和5年に若くして亡くし、出兵した父親も同じ年に亡くしている。そのため母が家を守る中での進学であり、家計的にはどんなに大変だったろうか。
母親は、生け花や短歌、書を嗜む人生だった。同じく学びの道を歩んだが、時代は戦時下で苦労も多かった。その後、教育の職に就いたが50代前半で退職し、第二の人生を長く楽しんだ。
私の祖母は、父を本当に頼りにし、自慢の息子だと思っていたのだろう。キリッとした顔立ちの人で、昔、隣町から嫁いできた。「生まれた家は電灯があったのに、ここにはなくて驚いた」と言っていた。どうしてこの家に嫁いできたのだろうか、今をもって不思議だ。
私の妹は新潟に住み、性格が父親に似ている気がする。あっさりとした性格で、すでに子どもたちも独立し、穏やかに暮らしている。
長男のことも書いておこう。幼い頃は体が弱く心配もしたが、本当に何日も仕事場から病院へ駆けつけた日々が懐かしい。周囲の勧めた道ではなく自らの意志で進路を選び、今は都内で専門的な仕事をしている。昨年、転職も経験した。
次男は遠方で暮らしている。こちらも長年勤めた職場から新しい環境へと移った。穏やかで優しい性格だ。
妻は少し年下で、料理が得意でとてもありがたく思っている。体に不安を抱えつつも、かかりつけの医師のおかげで元気に過ごし、趣味を楽しんで明るく生きている。腰が痛いといっているのが心配だ。
最後に、2人の孫のこと。
上の男孫とは生まれてからずっと見守ってきた。この本を書く中で、私が自分の果たせなかった夢(シャドウ)を孫に託そうとしていたことに気づいた。ピアノや絵を勧めたのは、私自身が音に鈍感で絵も得意ではなかったからだ。
自分の人生は一度きりだが、孫が生き生きと過ごしている姿を見ると、まるで自分が若返り、再生しているような心地がする。
下の女孫はこれからだ。今4歳、来年からピアノを始めるらしい。私とも仲が良く、これからどんな素敵な大人に育っていくのか楽しみでならない。
追記 実は、本当の文は手元に残し、プライバシーを全て削ってあり、面白くもなんともないものになっている 例えば、私の祖父(昭和5年に49歳で亡くなっている)は日露戦争に出兵し、その遺品も蔵にあった もちろん捨てたが そんなところ全て、Geminiがぼかしてしまっている まあ、我が家の歴史を詳細に書いても仕方ないというのが私のポリシーでもあるのだが
これが この自家本の最後のお話しである 2026・9・13記
写真 アリギリス村上空から県道まで続く道と空からの北西方向の佐渡 2026年4月中旬ドローンからの撮影