さて、不動産を扱い始めて、当初は投資信託の代わりと思っていたが、2、3年経って気持ちに変化が起きてきた。
それは、自分の所有している不動産、山野、畑、宅地、古くからの建物屋敷を今後次世代にどうして繋いだら良いのかである。その課題には回答はない。前世代が母屋に掛けていた火災保険金は25,00万円であった。多分、それ以上の費用や労力、思いをかけて今まで維持してきたであろう。
ではどうするか。しかし、地元の不動産屋や近隣の噂話を総合しても、建物と屋敷ですら数百万にしかならないと思えた。
限界集落の跡継ぎは厳しい。本当に厳しい。空き屋にするか(荒れた草茫茫の屋敷)、自分で時折都会から帰って管理するか(その人ができなくなれば草茫茫屋敷)、それでも2、30年は滞在して長男(長男の嫁や長女の場合もある)として孤独な務めを果たすか。その先は、見通せない、全く・・。
まあ、それでも前記の跡継ぎとして、定年退職後に親の介護と故郷の家の管理に帰る人も結構いるみたいな気がする。Uターンのおおよそ250人(私の勝手な推測)くらいのうちこうした退職後の人たちはその半数はいるのではないか。都会より故郷で残りの時間を有意義に過ごす選択をする人たちである。この人たちの定着率は高いと思われる。
ある男のひと。奥様は都会地に住み、時折そこに戻り、すぐさまこの土地で畑を耕し稲作に励み、亡くなった両親の檀家寺の総代で活躍する。そんな素敵な人も近所にいた。
私は、そんな生き方でなく、大家として収入で何とか家屋敷を維持する。そしてその先祖の土地には住んでいない。大きな課題から逃げたのであろう・・。
写真:いただいた冬の幸(20221222) 2023.6.27記