夏風邪4日目(9日金)
ひたすら、屋根の下で、窓からのそよ風のもと横になって療養している
熱はないのだが、食が進まなく力が入らないのと、何となく眠れない気がして、朝からウトウトして過ごす
家人は、「暑い暑い」といいながら、元気に家事をこなしているのをみていると、自己嫌悪に陥る
外は連日の晴れであり、あそこの剪定とあそこの手入れができるのにと、捕らぬ狸の算段ばかりしている
なんとか、横になり数日我慢の生活をする
今日は12日の日曜日 夏風邪で療養すること5日目、今日からは普通食と通常の行動パターンでいける気がする のどの痛みや痰もほぼ止まったみたいだ
梅雨時の気温の変化に無頓着になり、夜に身体を冷やしてしまったのだろう
歳を取ったのに、若いころと同じような感覚がまだ残っている
そんな日々、横になっているとつまらんことを考えている自分がいた
このブログを書いていても、昔のことも書くが日々のことも書く
あまり、自分の人生を評価することはしないできている気がする
深山荘を整理していると、父親がどういう風にして家の経営をしていたが、以前よりさらによくわかるようになってきた
その父親と、自分との比較をするようになってきた つまり、それぞれの評価を考えるようになっている
時代背景が異なることや、していることが真反対なので比較できるものでないのだが、ちょくちょく考えているのだ
もっというと、自分の人生は価値があったのか、ということなのだろう
今月の文藝春秋、『永守重信、稲盛になれなかった男』という表題をみながら、「ここまでいわれたくはないな」とおもう
先月末の神戸行きトキエア
保安検査も終わり、出発ロビーに入る 新潟空港は小さいので、2カ所しかないのだが、西側のロビーで時間まで待とうと思った
どこに座ろうかと思っていると、色黒の私くらいの男性がくつろいで座っている
その男性のくつろいだ姿、その特徴はあの男しかいない 昔の部下であり、退職時は同じ職階であった 年令も同じ
そばに近づき、小声で「Mさん」とささやく 気づけば彼だし、気がつかなければ素通りで良い
彼は、「Mさん」に反応した
お互いに、十数年ぶりの再会ですぐ割り勘でビールを買って、十数年を埋めようとした
彼はトキエアで丘珠空港へ、私はトキエアで神戸へ 出発時刻が30分しか違わなかったので、出会ったのだ
彼は、工学部出身で若くしてJICAで中東にでかけた 仕事を休職して何年も出かけていた また、フルマラソンにもでていて、今でも毎日5kmは走らないと体調が悪いという
なんというか、パワフルな男である これから、旧友との再会、北海道での週末を楽しむらしい
旧友は、工学部を辞め医者になって、今でも北海道どこかの半島の診療所で仕事をしている その方のご招待で、層雲峡での大名旅行みたいだ
彼は、退職後も天下りし、5年間働いた 『天下りも年金が増えて良いものだった』ともいっている その後は、JICAでタイに行き3年間日本語教師をした そして、そのあとはリモートで日本語教師を続けているという 時折、尋ねてくる多くのタイ人の若者と会うのを楽しみしている
そんな彼は、別れ際に運動して長生きすることが大事だともいわんばかりに、「金もうけばかりはつまらんよ」と一言
彼は口が堅いから、今の仕事も話したのだが・・
丘珠空港行きが先にでる
そして、ごつい手を出し当然のように握手を求めてくる
「この握手の意味は何だろう」と思いつつ、手を差し出した
退職のとき、全ての書類をすぐ捨てたという やっている仕事(職階)がいやだったみたいだ
私はその職階に誘ったうちのひとりだったのだ
彼にはなれないし、彼も私になれない
と思っている
写真 梅雨の雨
読売新聞が、アメリカの分断をテーマに数日間特集を組んでいた アメリカのおけるトランプのあたかも王としての振るまいは、その時の政治家としてのトップであり、評価は最高だろう NATO会議での振る舞いも王者としてヨーロッパ諸国を睥睨している
戦後の民主主義の枠組みで、平和を享受させていただいた身からすると、時空が異なる個々の人々の生き方は無数にあるのであろうし、生き方の評価なんてできるものでない、のかも知れない