まえがき
今まで一般書を作ったことはなかった。退職前までは、文はたくさん書き冊子化したが、それは論文であったり手造りの冊子であったり、いわゆる一般書ではない。
60代後半、「自分史はどうする」と自問自答したこともある。しかし、「どこそこに、いつ、父〇〇と母〇〇の長男として生まれる……」なんて書くことはいささか噴飯物と思えた。それに、詳細に自分の人生を書き残すための日記などの資料もないし、書き残しても「それが何だ」と思えた。後年生きる人には、読んでも私的なことばかり、例えば「〇〇さんにはかくかくしかじかで大変お世話になった……」なんて訳のわからない本にしかならない。それは避けたい気がした。
2023(令和5)年1月、会社のPRのためにHPを立ち上げた。そのなかにブログコーナーを作った。作った理由は、少しでもこのHPを閲覧される方が多いといいと思ったからだ。その年の5月から書き始め、昨年5月までの2年間のなかから構成したのがこの本である。
自分史とはどう違うのか。これはエッセイといえる。そして、「この多忙だった2年間、何を考え何を思っていたのか」を生きた証として残したい、これなら生きた証をうまく残せるな、と思ったからだ。
100冊程度は印刷しようか、そしてISBNは取ろうかと思っている。したがって、国立国会図書館には入ることになる。そしてこの本に出てくる土地の図書館、さらに家族用と予備だけは手元に残す。献本はこの文中に出ていただいている方々に10数冊程度、それに充てるつもりである。ただ、残りはどうするかだ……。本屋に持っていくか……。さあどうするか。
ブログには閲覧数のカウンターがついていて、その数の多いものを中心に選んだ。ただ『あとつぎ』は己が書き残したいものを選んである。
文字数は13万字を超え、エピソードも91ある。したがって、全部読んでもらえるとも思っていない。1つ2つのエピソードを拾い読みしていただければ構わないと思っている。
そもそも、本の構成を考えての本作りは2025年6月から始まった しかし、最後の校正が近くなり、時は2026年9月
校正していて、どうも気に入らないところが出てきた それは、現在が抜けていることであり、それは悔やむことになると思ったのだ
そこで、少し最新のエピソードをいくつか加えることにし、第一篇と第二篇にわけることにした
第一篇は13万字でエピソードも多いので、9章に分けて多少は読みやすくしたつもりである。
『たべる』は、誰もが美味しいものには目がない。この章を起こすヒントは、トップのエピソードに持ってきた「日々是好日」である。このエピソードの閲覧数はブログのなかでトップであり、日々増え続けている。
『すまい』は、私の第2の人生における仕事である賃貸業というか、住まいのコンサルタントとしてのポリシーを持ってきた。住みやすさの提供を目指している会社経営のできごとを書いている。
『むまご』は、神戸に1年間住まいを移し、関西と田舎を行き来していたとき、孫とのふれあいを通して想うことをつれづれに述べたようなたわごとである。
『こころ』は、大学院での臨床心理の学びの経験と、そんな人の心の奥底の動きで面白いと思ったお話を書いた。
『デジタル』は、情報化が進み、パソコンやスマホを活用して暮らすなかで起きたエピソードである。
『あとつぎ』は、私が生きてきた過去と環境というか、深山荘をとおして生きてきた家族の物語(Family Tale)かもしれない。
『たびする』は、文字どおりであるし、『こんとん』は、どこの章にも分けられないものを集めたし、『からだ』は、この歳になり健康を保つための日々の思いを綴った。
いずれも60代後半から70代前半の気持ちが色濃く流れていると思っている。
第二篇は、たった1年くらいの記録であるが、その1年も私にとっては大きな変化があった 神戸の仕事に一区切りつけたのだが、深山荘から伸びたつながりは東京の長男、神戸の次男へと広がっている実感がある また男孫も女孫も1年経つと見違えるように育つ そこをよみとってもらいたい
ところで、この本の校正で困ったのは数値の表現であった。
元々、ブログは横書きであるからアラビア数字で書いてある。しかし本書は縦書き二段組みのため、視線移動が多くなる。そこに漢数字を使うと文字数が多く冗長になり、かえって読みづらくなる気がした。そこであえてアラビア数字にした。また、アルファベットの横文字もカタカナ表記が読みやすいとされるが、これも語感を残したく横文字のまま入れてある。
努力とお金をつぎ込み、売れない本をつくることに馬鹿馬鹿しさを感じるときも多々あった。出版社を訪れたのは一昨年の春だった気がする。遅々として進まなくなったのは昨年の末から今年の春先。周囲は「もう諦めたのかと思っていた」という。
つれづれに、飛び飛びに、適当に読み飛ばしたり、暇にまかせて横になったり寝て読んでもらい、つまらんとそのまま寝入っていただければ、それこそ本望である。一方で、読んだあとに「そうか……」とでも思っていただければ、刻(とき)と空間を超えて読者と私のこころが通い合えたことになり、幸いである。
2026・9・9脱稿
写真 20260815 岩場で蟹採り 孫は小さな蟹でも触れない ビビリは小さいときからだ それも困ったもんだ 長男夫婦は初登場 まごはこの長男夫婦が大好きだ
追記
本の前書きというのは、今校正中の自家本である そのまえがきがほぼ完成したのでブログにあげた ほぼこれでいけるだろうということだ この文中の『そこで、少し最新のエピソードをいくつか加えることにし、第一篇と第二篇にわけることにした』というのと『第二篇は、たった1年くらいの記録であるが、その1年も私にとっては大きな変化があった・・(中略)・・女孫も1年経つと見違えるように育つ そこをよみとってもらいたい』とのくだりに注目してもらいたい
実は、第二篇はまだない これから書かねばならないというか、書きためた分が50くらいあるのでそこから選んだり、追記や改変したりしてみたいと思っている 本の予定スペースというものがあるからまあ割けるページ数は20ページ位しかないので、第二篇はブログ数としても5、6つ程度にしかならないだろう
しかし、ギュッと濃縮したものを書きたい 成功するかどうかはお楽しみに・・