11代目のブログ

hyougo

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神戸というと、明治時代から外国人の商家の街というイメージがある

何回か、垂水に通っているのだが、家に帰る前の時間、疲れを癒やす意味もあって垂水の図書館に寄ってから帰る
郷土資料を読んでいる
神戸市の資料ではなく、垂水や塩屋の地の話を読んでいる

神戸を知らない人からすると、不案内だろうし、このブログを追いかけていない人にはわからないだろうが

つまり、神戸といっても後々に明治以降に次第に神戸に編入された、明石藩、播磨国の領地である 要するに西の端である

それはそうでいいのだが、今は神戸のベッドタウンである
古代の古墳から飛鳥時代、奈良平安、江戸時代から明治・昭和までの通史をみている
別に、古墳の発掘とか建築の推移とかいう話ではない
街作りがどう行われ来たかである
各時代の行政がどういう風に変遷したかの話に近いかも知れない
土地の名称とか、そこの人口移動の変遷とか

賃貸業に役立つような、そして知的好奇心をあおるようなことがらである

別に、神戸市の歴史にはあまり興味がない
というか、神戸市は広いからそこまで手を広げると大変だから

こうして、神戸の図書館に通っていると、新刊本や郷土資料や雑誌を借りたいと思うのは当然である
が、神戸には住所をもって来られないわけがある
それは、吉右衛門の本店は彼の地にあるから

そこを、穴のあくように図書館の規約を読むと、保証されるものがあると、貸し出しはOKとなっている
そこで、前のブログに書いたように図書館カードを手に入れられた

それは、灘図書館に書類を持ち込んだからだ

今日は、灘図書館に行ってきた
孫の塾が灘図書館の地にあるから、時間帯を合わせて一方的に落ち合い、現地で分かれて小生は図書館に向かった
ちょっとだけ、迷惑のかからないように顔を見られればそれで満足だ

図書館では、ここ何回か郷土資料を読んでいる
楽しんで読む以上は、強迫的な読み方はしない

チビチビと、読み進める
本当に興が乗れば、一気呵成に読み切るということを知っているから

その本は、居留地物語である
書かれたのは、確か昭和30年代か
個人の蔵書が平成元年に寄贈されている
手に取ると、古本であるが、これは結構面白いのでそのためだけに通っている
が、チビチビなのでまだ数10ページを読んだだけだ
B5判で厚さ2、3cmだが
字が細かいので読みごたえはある

始まりは、江戸の末期からだが
時折必要に応じ、もっと古い平清盛が出てきたりする
でも、まあ徳川慶喜や明治天皇の先代のころからの話であるし、日本史の教科書にも出てくるような重要な事件の背景も描かれているが、すべて外国人の文献が翻訳され、外国人の視点を加えて書かれている

だから、共著本で翻訳者は2人、著者が1人 翻訳者の一人は、地元の医院の医者

神戸の繁華街は、いまや三の宮や元町
そこに神戸のハーバーランドが加わるのだろうか

しかし、元々は小さな兵庫の湊からはじまったということだ
そうか、Hyougoか

そこから、東に増殖を続けたらしい
日本史にある開港の時代に、本来は大阪開港が外国人の目当てであったが、鳥羽伏見の戦いのとばっちりを受けて、外交官や商人たちは神戸に移り住まざるを得なかったらしい

フーンだ・・

一昔であれば、地図を広げながら読み進めるところであるが
いまは、Googleマップで簡単に理解が進む

今日は、生臭い話も出てきた
備前藩が起こした、攘夷の事件である
神戸事件と名付けられているが、三宮神社に碑がある

元町大丸デパートの近くで、新会社設立のために、何回もその前を通って公証人役場に書類を運んだ近くにある
小さな神社だが、まあ気持ちのいい話ではない
領事館の外国人や備前藩の立会人がいて、切腹が行われている

さて、気分を変えよう
明治元年、新政府に許され神戸に住むことができるようになった軍艦の館長以下軍人や乗組員、領事館関係者、極東や本国から集った商売気あふれる商人が次々と、何もない土地に家屋敷を求めはじめた

そこで、神戸の旧居留地が成立をはじめる

いまは、明治元年まで読み進めた

この土地の人には、自明のことなのだろうが・・

写真 いつも目を楽しませていただいている、阪急ビルの一角の生花店

旧居留地にほどちかい

距離にして、1km弱くらいかな

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