誰もが、生きて生活している
世界各地を見ると、厳しい生死がある毎日を送っている、とても考えられない生き方を余儀なくさせられている人々はたくさんいる
それからみれば・・、と思うこともあるが、それでも毎日を日々送ることは、この年齢になると結構難しいものだと思えるのだ
まあ、それがお前の人生として、切り取られているのだといえば、それはそれで自業自得なのだろうが
それって、哲学的に、文学的に、心理学的にまとめられないものなのだろうか
場当たり的に、刹那的に、想い書き殴ることは、いくらでもできるのだが、斯界でなにかしら地歩を築いた人の業績 つまり歴史的なフィルターをとおして今に伝わることがらは私のレベルではいかんともしがたいし、この心持ちをどう表現することもできない
ありきたりの言葉で言うと、『芸術は長く、人生は短し』である
ヒポクラテスの言葉であるらしいから
「そうか」、と嘆息しかない
さて、そこで毎日規則正しい生活を送るようにしている
それは、再三でてくる、持て余し気味の不動産の掃除である
朝出て行って、寒い中、暖房もないところでコツコツ独りで、経験も少ないハウスクリーニングをしているからだ
そのためには、朝起きて食事して、テクテク歩いて半日イヤイヤながら、慣れない掃除をして、またまたテクテク歩いて、話し相手もない部屋に戻る 帰りは回り道をしながら、掃除道具の物色をしたり、自炊用の食品を買ったりする 帰りは坂道を上りながらだから歩行速度は落ち左右の足のバランスも崩れヨタヨタと部屋に入りホッとする ヨタヨタはスマホに記録されるという馬鹿さ加減もついてまわる
毎日、そういった地味な生活を送っているには、やはり長丁場をきりぬける規則的な生活が必要であるし、次第にできてくる
規則的な生活には、精神的なタフさも含まれる つまり、規則的に生活することは、気力や体力を維持することにつながるのだろう
昨日は、1Fの4畳くらいの小部屋の窓をいじった 2Fの窓からおそるおそるハウスクリーニングの独学を始めた 2Fは明るく開放的だ 1Fは、前方に庭がありそれはそれでいいいのだが、残りの三方は、隣家と目隠しフェンスと擁壁に塞がれていて、昼間でも人工の光を求めたくなる空間がある
どうも田舎生活を送ってきている人間には、狭い土地の窮屈感とコンクリートの壁面というもののなじめなさがどうも心に見え隠れする
しかし、それでも掃除はしなければならない なぜなら、2F、1Fを分けて貸し出し、それぞれからお足をいただきたいからだ
この家は2Fと1Fとは階段でつながってはいるが、2世代住宅であるから階段で切り離して、それぞれの階を別家賃で貸しだそうとしているのだ
2Fでの練習を生かして、1Fを始める まず、雨戸を開けてと 何年も空けていない部屋の雨戸ではあるが、割とスムーズに動くので、開けるとパアッと太陽のひかりが入ってくる気分はいい この曇りガラスを透明ガラスにしてと カーテンを使って明るい生活を送ってもらう 子供部屋にいいだろうな と、思いながら、汚く汚れた落ち葉や蔓の痕が残る窓枠やその付近の外壁をホースの水でゴシゴシする 窓枠を見ていたその瞬間、眼の前にボトッと音もなく、四つ足のイモリと思われる物体が窓枠に落ちてくる は虫類は、母親の教育が麗しく、全く嫌いであるから、ぎょっとする しかし、大の大人だから堪えて小さい隅っこブラシで地面に振り落とし、視界から早々に追い出し、短期記憶から除くように努力する しかし、みえたものはみえたものだから、こうして書くことで短期記憶から吐き出す ストレスを吐き出すのだろう
いろんなものが、目の前に現れる 2Fでも、イモリも既に二回ばかり会ったし、あと何だっけカナ でんでん虫の貝殻も出てくるし・・ この季節にカマキリも落ちてきた気がするが、気の迷いか
いずれも思い出したくもない
前に、彼の地で虫たちについて貸家の住人からの苦情のレベルについて書いたことがある 神戸のこの家は、はるかにレベルはその上をいっている
まわりが蔦に覆われ、木々はそよぎ、自然環境的には小動物には天国だったろうさ 全くもって・・
気分は最悪
なぜなら、これでは貸家にはできないからだ 人が気味悪がって借りなければ、ビジネスにならない
どうしたら、いいのか根本的にわからなくなっている己がみえる
昔、前職をやめて、深山荘の手入れを自分で始めた時があった 親父の姿の見よう見まねであった
植栽なんてよくわからなかったので、いくつか本を買って乱読したことがあった
ある本に、『植栽とは山と人の住む空間の境を紡ぎ出すこと』だという意が書いてあった わかるようなわからないようなことだと思った
それは、今思うと、人間の勝手でしかない気がする 生活空間をどう設計するかだけであろう
今の物件でいうと、やはり神戸という都会地の生活空間を私は作り出す必要があるとしか思えない だから、本能的に地道な作業を続けるより仕方がない
庭の木を切り、窓の汚れを落とし、それからボイラーを直し・・・
使っていなかった分、その作業は30年分溜まっているだけだと
己に言い聞かせるより仕方がない
こうして書いていると、夜が更ける
仕方なしに、起きたのだ
なにかストレスのある夢から覚めて、トイレでもとフラフラッと起きたら午前0時過ぎ
寝ることもできない気がして、暖房と明かりを入れたら
ブログ書きにはまったというだけだ
生活乱れるなあ と思いながらも こうした時を過ごせるのも最近珍しいから まあいいやとも思う
いま、今日の朝刊がポスト受けに届いた 午前2時半
写真 20250224 朝の2Fのベランダ これでも8~9割がた綺麗になった あとは時間があればできようが他にもやらねばならいところは山のようだ
神戸は晴天だが気温は3~4℃くらいかな 寒いことは寒いし微風でも風の流れは避けたい
先日は、庭に出し忘れたモップ洗いの容器に氷が張っていた 幼い頃の気分に一瞬戻った
一か月前、ベランダは落ち葉が溜まり、蔦が絡まり、床は黒と緑のカビがはびこっていた 気持ち悪くて近寄りがたかった そうはいってられなくてまず手始めにとイヤイヤながら棕櫚のタワシでこすり始めた
棕櫚ではだめと気がついた そこで試行錯誤 何とかメラミンスポンジと若干の溶剤とを組み合わせて汚れをここまで落とせた
まあ、物理的に落としたので、手の親指に力が入りついにアカギレまでできて水仕事すると痛い
メラミンスポンジのことは知らなかった コーナンには、山のようにおいてあるから世間では周知のことなんだろうが、素人の私は眼から鱗でしかない
まあ、こんな日々さ