なんとなく、辞めると決めてもそのきっかけを思い浮かべると愕然とするし、おのれの不注意というか、アテンション切れに自己嫌悪である
何回か書いたことがあるが、やはりブログを書くことで思いを吐き出すことは、気分が安らかになる
つまりカウンセリングの基礎の基礎である
自己嫌悪の気分がなくなりはしないが、少し和らぐ
それでも、物件の雑用の処理があり気ぜわしい
夜に、パートナーが、孫の自由研究の画像がLINEのグループにあがっていると私に向かっていう
そうか、と思いみると社会科研究であろう 11ページくらいにまとめ上げたものが載っていた
内容は、世界遺産の3カ所を訪れたというものだ
佐渡の金銀山、広島の原爆ドーム、姫路城である
まあ、当人の地の利を活かしているから、自然な流れであろう
佐渡は、父親の田舎
広島や姫路城は多分この夏休みでわざわざ行ったのであろう
広島は、小さいときからに3回行ったことがあるし、姫路は神戸から『新快速』で一時間もかからない 私とも姫路の旅を計画したことがあった
内容は、紀行文だが、彼が思った通り書いている 本当に素朴な書き方だ
まあ、最後のまとめがなく終わりが突然なくなるので、余韻にまとめが欲しいと返信した
先日のブログで、日記がとても苦痛だったと書いたが、自由研究も同じだった
何か知らないが、母親から命じられて、蒸散作用の測定をさせられた
試験管に木の枝をさし、葉の数によって違いを測るものであるが
意味もわからず、命ぜられたこと何回も毎日させられ、とても苦痛だった 最終的にはできなかった それは、水が少なくなるということを聞いたので、人工的に時間短縮を図った 簡単にいうと、適当にオノレが捨てたのである それでは、なにもわからない 母親は自然と諦めたのであろう 不肖の息子である
いくら母親だって、程度問題があると思っている
そんな、原理も知らない子どもに一方的に押しつけたのは、いまでは酷いはなしだと思っている
それを母親の愛情とは思えない自分がいる
やはり、ひとつのことを子に教えるということは、とても配慮が必要だと思える
長期的視野がともなわないと、成立しない
いっときのことではない長い長い時間、ゆっくりとゆっくりと親子がコラボすることだと思える
さきほど、早朝6時に近所のYさんが訪ねてきた
最近、深山荘の剪定を頼んでいる人である
剪定鋏でなく鋸を使って剪定して私が当惑したかたである
パートナーが最近手に入れた中山間地に立つ物件があるのだが、広い雑種地が広がり、樹木も荒れ放題なのだ
それら処理を、もう1人のご近所の人Aさんとペアでやっていただけることになっている
薪割りで使っていた、電動チェンーンソーの関係一式を使って下さいといって提供したのを、取りに来ていただいたのである
ヘルメット、すねのプロテクター、防刃手袋 そして、刃を研ぐ道具 潤滑油等々である
潤滑油は劣化して色が変わっているのに気がつく
懐かしいがすべてもう自分には必要ないみたいだ
まあ、ひとつ前進
さらに、ゴミ箱行きのピアノを恵贈いただいた自動車屋さんに乗用草刈り機があり、貸してもらえるということが、パートナーからの情報でわかった 朗報
これで雑種地の草刈りが成り立つ
乗用草刈り機や、小型トラクターは中古市場に出ない
乗り潰すのである
4WD軽トラックも中古でも高い 私が10年落ちの軽トラックを仕入れてもう10年 この車の元の持ち主は海岸端だったようで、あちこちに錆が浮き、穴が開いているが、車検時に溶接してもらったり、あおりは古い車のあおりを再利用する それでもエンジンと駆動がRRなので好きな車で、とても気に入っている 古いため冷房のためのガスは毎年抜けるし、燃費が悪く、経費がかかるし、乗用車より乗り心地はかなり悪いが機動力に優れている
そんな田舎での仕事 それは調整役しかできないが、第三の人生の一コマを彩るのであろう
無給であるが、それはそれで楽しいし生きがいにもなる
要するに、ひまつぶし 日々好日 つれずれなるままに
である
写真 20250826 ある雨の日